すしログ No. 191 鮨千陽@福島(大阪府)

こちらは2016年に食業界でちょっとした話題になったお店です。

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料理学校である「料理人大学」でたった3ヶ月修行した職人が、お店を開いて11ヶ月でミシュランに掲載された…と報道された次第です。

ミシュランと言っても星ではなく、ビブグルマンであり、お店の母体は「料理人大学」なのですが、それでも消費者へのインパクトは大きく、自身も驚きました。

そして、某著名人の方から「修行不要論」が飛び出た事を記憶されている方も多いのではないでしょか。

僕個人としては明確な「修行必要論」を持っているため、物は試し、いつか伺わねば…と考えておりました。

(但し、「無意味な修行は不要」と言う点は完全に同感です)

 

お昼は2回転制を取っており、1回転目は11時からと早い。

1階にカウンター7席、2階に6席あり、お昼と夜で使い分けている模様です。

お店に入った瞬間、匂いは爽やかであり、先ずは好印象を抱きました。

内装はカジュアルながらに鮨店らしい設えで、BGMはアップテンポのJazzでした。

 

お昼は9貫プラス玉子、椀で2,800円。

準備の様子をじっくり見ていると、山葵を直前に擂っている点、タネの温度を室温で馴染ませている点に好感を覚えました。

そして、いざ頂いてみると、シャリは中々の完成度であり、握り方も良い。

酢を立たせ優しい甘みのあるシャリは、硬さも中々。

温度は適温に保たれております。

大阪の酢飯を東京の当世流に微調整したシャリと言う印象です。

当初粘度が気になるものの、暫くすると馴染み、口の中でパラッとほどけてくれました。

握りは6手ほどで、捨てシャリは殆ど無し。

一連の要素から、鮨の生命線であるシャリを大切にしている点に好感を覚えました。

ただ、サイズはかなり小さめなので、敢えて江戸前を謳うお店ならば、もう少し大き目にされた方がよろしいかと。

(古典的な江戸前鮨、老舗のお店のシャリは大きいのが常)

 

そして、タネのクオリティや切り付けの幅は価格相応ですが、江戸前の仕事を応用してタネ質を補い魅力を上げております。

ピンの素材を求める御仁には響かないでしょうが、魚を旨くするのが鮨なので、これはきちっとした江戸前鮨だと感じます。

細かい仕事への感想は後述するとして、個人的にはカジュアルに江戸前鮨を頂けるお店が増える事には賛同を覚えます。

少々脇道に逸れますが、僕は回転寿司によって憂き目にあった街場寿司の復古こそが、次世代の鮨業界の隆盛、消費者の鮨への関心の向上に繋がるのではないか?と考えておりますので、こちらの経営方針は業界に一石を投じる事が出来ると感じました。

海洋資源の減少とサステイナビリティ、鮨店における費用対満足度などを考慮すると、一流の高級鮨店に加えて、安定したシャリと正当な江戸前の仕事を施す街場寿司店が増加する事は鮨文化の普及に好ましい結果を及ぼすと感じます。

まずは廉価なお店で江戸前仕事を知り、江戸前仕事の魅力を感じ、特別な日に一流のお店に行く…そして更に鮨を好きになる。

そのような好循環が生み出されれば、いち鮨好きとして嬉しい限りです。

 

しかし、「修行不要論」については、実際にこちらで頂いてみて、矢張り「必要」だと確信しました。

こちらで頂ける握りはテキストの範疇にあります。

テキスト上ではハイスコアですが、職人さんが修行の先に到達する自己表現ではありません。

料理とは、テキストで学ぶのではなく実践の中で修行を行い、親方の技術を換骨奪胎する事で応用力が身につき、独創性の表現を可能にするのではないでしょうか?

相当のセンスが有る職人さんであれば、独学、我流でも高度な握りを編み出します。

実際にそのような職人さんを何人か知っております。

しかし、皆人が気軽に美味しい鮨を頂く世界の為には、センスを修練で補強する枠組みは必ず必要で、それこそが修行だと思います。

その点において、こちらは、「料理人大学」でのレクチュアはあくまでも下敷きであり、お店に立つ事が結局修行に当たるのではないか?と感じました。

更に、味以外の面で残念に思った点は、仕事のマニュアル化のみならず、仕入れも合理化されており、河岸(市場)に行くのは昼のメンバーで、夜のメンバーはシフトが違うとの事でした。

東京でも、自ら河岸に足を運ぶこと無く仲卸から配達してもらっているお店がありますが、望むらくは親方自身(ここでは店長?)の眼で魚を選んで欲しいと感じます。

仲卸との関係性が構築されていれば安定的に上質なタネを入手出来るのは事実ですが、クリティカルヒットのタネは矢張り足を運び、自身の眼を使わねば見つけられないと感じます。

素人の僕でさえ、市場で魚の山から吟味して、自身の調理法に最も適った魚を選んだ方が美味しく作れると確信しておりますので。

そして、もう一点残念な点があり、お店には一つしか出入口がありません。

故に、一回転目でお昼を頂いていると、夜のシフトの方々がお客と同じ入口から入ってこられるのですが、全員カジュアルな私服であり、価格帯を考慮しても些かの興趣の消沈を覚えました。

一言で、無粋。

お店の構造的に仕方無いとすれば、何処かで着替える仕組みを作った方が良いです。

ファーストフード店、コーヒーショップのシフト交替と同じマニュアルを使用しているのは明白。

僕は精神論は苦手ですが、一定の精神性(それが「おもてなし」なのではないでしょうか)を育んだ方が良いかと思います。

お茶の差し替えは都内の人気店以上に気が利いており好印象でしたので、より本質的な雰囲気作りに励まれれば、更に良くなると感じました。

頂いた握りは下記の通りです。

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先付

予約限定で頂けるとの事。

助宗鱈の子を炊いたもの。

ジュレは炊き地で作られており、期待が高まる味わい。

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ガリ

甘酢を強く利かせたもの。

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桜鯛の押し寿司

大阪らしい一貫目で、これは嬉しい。

身は薄いものの、酢と旨味のバランスは中々。

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紋甲烏賊

細切りの烏賊素麺にして握る。

そして、胡麻を噛まし、藻塩と酢橘を三滴。

紋甲烏賊でも上質なものがある事は承知だが、こちらはタネの甘みに対して酢橘の酸味が強過ぎる。

魚味は毎日同じ訳ではないので、一切れ味見した上で調整される方が良い。

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キアラ

標準和名アオハタ。昆布で〆ており、脱水しねっとり、トロトロに凝縮している。

昆布の風味やグルタミン酸の付着は抑制されており、良い塩梅。

ハタ科の魚としては廉価な種だが、仕事で魅力を向上させている。

これは頂いた中で煮帆立と並んで美味しかった。

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鮪赤身

漬けにして、和芥子を添える。

切り付けた後に室温に馴染ませている点は好ましい。

切りつけは薄いものの、漬けの仕事の魅力は伝えてくれる。

ねっちりと身を引き締め、甘みを凝縮させ、シャリの酸味にぶつける漬けこそが、江戸前鮨の漬け(鮪丼などの漬けとは異なる)。

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海胆

アオサ海苔を炭火で炙って供するところは素晴らしい。

三杯酢を掛けて、海胆の甘みを強調。

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煮帆立

これも炭火で軽く炙る。

炙った後、切り付け用のまな板の上で切らず、別の小さなまな板を使用している点は素晴らしい。

掌で優しく潰し、シャリとの相性を高めて握る。

煮ツメはしっかりした味で好み。

煮る際の味付けも良く、柔らかい口溶けと共に帆立の魅力を活かしている。

柔らかな火入れで長時間漬け込んでおり、クラシカルな仕事をハイレヴェルに実行。

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車海老

2種類のオボロを使用しており、手前が小エビで奥が甘エビのオボロとの事。

各々、煮ツメと煮キリを別々に使用。

僕は基本的にオボロによる装飾過剰な車海老は好みではなく、車海老本来の甘みを活かすならば、シンプルに妙があると思う。

ただ、養殖で特に甘みが少ない車海老ならば、オボロも有りかなとも思う次第。

特にこちらの甘エビのオボロは香りがしっかりしており、煮ツメと合わす事で、タネ本来の不足部分を補っていた。

小エビのオボロは黄身オボロでは?と思ったが。

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金目鯛

今や定番の炙りキンメ。これはハンディバーナーによる。

脂が融化し、順当に美味しい。

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穴子

炭火で炙る際に笹の葉を敷いていた点は素晴らしい。

タネの旨味や香りは低いが、ホロホロな食感に仕上げ、江戸前の「煮穴子」の仕事を表現している。

トロトロ過ぎないのは関西向けに調整している為か。

真っ当な仕事だと感じた。

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小鰭 追加

かなり強めに〆ており、酢も浸透させている。

〆を施したタネが無かったため追加したが、これは大きな期待外れ。

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新玉葱に大和芋の微塵切りを用いた味噌汁。

潮汁ではなく、節を利かせた出汁。

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玉子

昼は普通の玉子焼きだが、夜はカステラ(けら焼き)との事。

お昼のものも、出汁巻きではなく甘みを利かせたデザート的な仕様。

 

「実地での修行は必要」と書きましたが、今後が楽しみであることは間違いないですね。

ご関心のある方は、是非とも資料請求を(笑)

 

店名:鮨 千陽(すし ちはる)

シャリの特徴:大阪としては酢を立たせ優しい甘みで、硬さも中々。温度は適温。

予算の目安:お昼2,800円、夜3,500円~

最寄駅:福島駅から150m

TEL:06-6450-8685

住所:大阪府大阪市福島区福島5-12-14 コーポ福島1F

営業時間:お昼・1階11:00~、12:30~、夜・1階:17:00~ 、19:00~、21:00~、2階:18:00~、20:30~

定休日:不定休

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