すしログ 〜The Encyclopedia of Sushi〜

全力で鮨の魅力を伝えるブログ!日本料理、郷土料理、和菓子の名店も紹介します。Since 2015

すしコラム No. 2 江戸前鮨とは何か?

お陰さまで前回のコラムが好評でしたので、よく聞かれるテーマについて書きます。

 

鮨、寿司を語る上で当たり前のように言われる「江戸前」という単語。あまりにも一般的に使われているので「すし=江戸前」と思わされるほどですが、個人的には中々奥深い概念だと思います。

 

いきなりですが、一言で「江戸前鮨が何か?」を示すならば、大前提としては「江戸前の鮨種を用いた握り」なのではないかと感じます。江戸前の鮨種…それは、元来の意味では江戸の真ん前にある東京湾で獲れる、鮨に合う魚となります。魚のカテゴリーを大別すると、白身、赤身、光物、貝類、その他。

白身は鮃(ヒラメ)、鰈(カレイ)、鯛(タイ)、

赤身は鮪(マグロ)、鰹(カツオ)、真梶木(マカジキ)、

光物は小鰭(コハダ)、鯖(サバ)、鯵(アジ)、鱚(キス)、針魚(サヨリ)、

貝類も蛤(ハマグリ)、鮑(アワビ)、赤貝、ミル貝、平貝、鳥貝、青柳、

その他は烏賊、穴子、海老、蝦蛄(シャコ)、海胆(ウニ)、玉子など。

これらの魚介類は、もはや東京湾だけでは獲れなくなりました。人間の経済発展に伴う生態系の変化は真剣に考えるべき問題ですが、その反面、物流が昔とは比較にならないほど進化したため、必ずしも「江戸の前」の魚にこだわらなくても良くなりました。

様々な産地のタネを食べ比べ出来るというのは、もともとの江戸前の頃には信じられない程の贅沢です。「江戸前」という言葉は経済と物流の発展に伴い、物理的な枠組みを離れたように感じます。

 

そこで、現在における「江戸前鮨」とは何かと考えた時、僕は「狭義の江戸前鮨」と「広義の江戸前鮨」が思い浮かびます。「狭義の江戸前鮨」とは、「シャリ」を大切にし、鮨種に施す「仕事」を重視し、「握り」の形で複雑な味わいを織りなす鮨。テクニカルな意味合いとなります。

 

僕は、シャリ、すなわちすし飯は握りにおけるもっとも重要な要素だと思います。シャリが美味しい鮨屋は美味しい。酢の酸味と風味、塩、甘み、硬さ、温度の組み合わせによって構成される味わいこそ、鮨職人の個性を最も表すポイントです。回転寿司や飲み寿司が増えてしまったので、シャリを意識的に食べる人は少ないかもしれませんが、ちょっと気にして食べてみると、鮨の面白さがグンと増します。

 

さらに、そのシャリに合う「仕事」を工夫することも職人さんの腕の見せどころ。「仕事」とは、〆る、漬ける、煮るといった鮨種に施す調理と調味のことですが、伝統的な「仕事」を押さえた上で、どう個性を表すかがポイントです。最近では、「熟成」が流行っておりますが、これは冷蔵技術によってもたらされた、現在の新たなる「仕事」かと思います。

 

そして、シャリと仕事を合わせ、一体化させる「握り」の技があって初めて「江戸前鮨」となるように感じます。シャリ、仕事、握りの各々の魅力については、また別の機会に書きたいと思いますが、個人的な「狭義の江戸前鮨」とは、握りという小さい料理の中に、様々な味覚や食感を凝縮し、他の料理では味わえない「一口の宇宙」を創造することなのではないかと思う次第です。

 

次に、「広義の江戸前鮨」とは何か。端的に答えると、東京都外(=地方)で頂く江戸前鮨だと考えております。こちらは物理的な意味合いとなります。

 

従来の「江戸前の鮨種」だけでなく、地元ならではのタネに江戸前の「仕事」を施し、東京には無い鮨を出すお店も、現在では「江戸前鮨」と言えるのではないかと強く思います。一昔前だと、新鮮な生の魚を酢飯に乗せただけの寿司も「江戸前」と言われておりましたが、最近では東京で修行された方が狭義の江戸前の技を以って地モノの魚介類の魅力を鮨の形式で伝えてくれます。地方にあって小鰭、穴子、煮蛤、玉子と言った江戸前の代表的な握りを出しつつ、多様な地の魚も組み込んで、独特なストーリーを展開するお店は実に面白い。

 

同時に、シャリに気を払うお店が増えているのも嬉しい限りです。「江戸前鮨」の枠組みは拡充され、東京都外でも種々多様な江戸前鮨を楽しむことが出来るのが、現在です。

 

以上、極めて主観的な目線で「江戸前鮨」について書かせて頂きましたが、「江戸前鮨」の魅力は長い伝統の先で、今なお進化しているところにあるように感じます。 「江戸前鮨」という言葉は時代時代で意味合いを変えるものかもしれませんが、より美味しく、より美しく進化している料理こそが「江戸前鮨」なのだと思います。